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最高裁判所第三小法廷 昭和38年(オ)674号 判決

上告人 長谷川サダ

被上告人 川越税務署長

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする

理由

上告代理人中条政好の上告理由「判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背」の第一点及び第二点について。

論旨は、要するに被上告人が上告人の昭和三〇年度分の所得金額等の更正にあたり、その農業所得を実額調査によらず所得標準率をもつて推算したのは、所得税法九条一項四号に違反し、また同法三条の二所定の実質課税の原則(論旨に七条の三とあるのは誤記と認められる。)を無視するものというにある。

しかし、ながら所得税法九条一項四号の規定は、所得税の課税標準となるべき所得額が事業所得についてはどのような数願であるべきかを定めたものにすぎず、もとより、同号によつて定まる所得額がどれほどであるかを実額調査によることのできない場合において、推計をもつて算定することを棄ずる趣旨を含むものではない。いかなる数額が課税標準として法律の定めるところに該当するかを合理的な推計の方法をもつて認定すること自体は、法律で定めた課税標準による課税であることを妨げるものではない。論旨は、農業所得に対する推計方法として所得標準の使用を違法と主張するが、その適法か違法かは採用する所得標準率が当該納税義務者の所得の推計につき具体的に合理性、妥当性をもつか否かによるのであつて、一般的にこれを違法視し、実質課税の原則に違背するものとする所論はあたらない。論旨は、本件における所得標準率の使用についていかなる点に不合理が存したかを具体的に指摘することなく、その推計の結果が上告人の実収を超えると称して、それを失当というにすぎない。もつとも、上告人において茶を採取せず養鶏を行なつたことがないのに、それらの所得を標準率により算定されたことをあげるが、それは、所得標準率適用以前の所得源泉としてそれら耕作、飼養の業務が営まれたか否かについての原判決の事実認定を非難するに帰する。論旨は採用するに由ないものというべきである。

同「判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背」の第三点について。

論旨は、本件更正決定通知書に理由の付記を欠くこと及び再調査決定通知書、審査決定通知書等の理由の付記の不備をあげて、これら処分を違法とし、原判決がこの点について判断を遺脱したのは、審理不尽であるというにある。

しかし、所論のような処分の違法は、原審において全く争われていないところであり、したがつて原判決がこれについて判断を欠いたとしても、なんら審理不尽は存しない。論旨採用すべきかぎりでない。

同「理由不備の点」について。

論旨原判決がその採用を肯認した所得標準率の合理性について理由を示さず、また所得標準率使用の準拠法条について説示を欠くのを理由不備というにある。

しかし、原判決は、本件農業所得の推計に使用された所得標準率については、判決理由二の(三)においてその作成の資料作成の手続及びそれが上告人の営農地の地裁に適用して妥当なものであるか否かを審査し、特別事情の認むべきもののないかぎり合理的なものと認めうる旨を判示し、かつその(四)において上告人がその適用を失当とする特別事情の主張についても、第一審判決を引用して判断を示しているのであるから、その合理性の説示として十分であつて、所論の非難はあたらない。また原判決は、理由二の冒頭において、上告人の推計課税を違法とする主張に対して、納税義務者に所得の調査の資料となるべき帳簿等が備わらず誠実な説明応答の得られない場合には、所得標準率を適用してその所得額を推計することは、その推計方式が合理的であるかぎり適法である旨を判示して叙上本件所得標準率の合理性の判断に及んでいるのであるから、その適法性の判示としても欠けるところはなく、判決の理由としては必ずしも所論のようにその準拠法条を示さなければならないものではない。論旨は採用しがたい。

同「実験法則の違反と事実の誤認」について。

論旨は、本件における各乙号証は証拠力薄弱なものであるにかかわらず、原審がこれら被上告人提出の証拠をすべて採用し、上告人の証拠方法を採用しなかつたのは、採証の法則を誤まつたものというにある。

しかし、証拠のうちどれを採用しどれを採用しないかという証拠の価値判断は、原審の自由な心証によるものであるから、これを非難する論旨は採用すべきかぎりでない。

よつて、民訴四〇一条、九五、八九条に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。

(裁判官 五鬼上堅磐 石坂修一 横田正俊 柏原語六 田中二郎)

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